日本では1年中でいちばん暑い季節、8月
そして・・・今年は第二次世界大戦終戦75年目の夏
広島と長崎の『原爆の日』と終戦記念日
日本人にとって、忘れてはいけない重要な月でもあります。
しかし、その追悼の日にニュージーランド首相のジャシンダ・アーダーン氏がヒロシマ・ナガサキについて言及し「核兵器ゼロ」を訴えるメッセージを世界に向けて配信しました。
今回はそのメッセージの内容をご案内します。
「原爆の日」とは?
第二次世界大戦(太平洋戦争)の末期、アメリカによる核攻撃(原子爆弾投下)により広島・長崎の両都市は壊滅し、甚大な被害を受けました。
多くの犠牲者の慰霊の日として設定されたのが「原爆の日」です。
毎年、それぞれの原爆記念日(原爆忌)には両都市で慰霊式典が行われています。
広島「原爆の日」8月6日
原爆投下日時:1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分
アメリカ軍による人類で初めて実戦使用された核(原子爆弾)攻撃。
ウラニウム活性実弾「リトルボーイ」を広島県広島市上空で爆破させ、一瞬にして広島の町を焼き尽くしました。
この核攻撃により、当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万 – 16万6千人が被爆から2~ 4か月以内に死亡し、原爆投下後の入市被爆者も含め56万人が被爆したとされています。
長崎「原爆の日」8月11日
原爆投下日時:1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分
アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対しておこなった核(原子爆弾)攻撃。
ウラン型実弾「ファットマン」を長崎市上空で爆破させ、広島と同様に町を壊滅し多くの犠牲者を出しました。
今のところ、この原子爆弾が人類史上において2回目かつ実戦で使用された最後の核兵器となります。
この核攻撃により、当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死亡し、建物は約36%が全焼または全半壊しました。
>参考引用:wikipediaより
戦後75年経った今でも、被ばくの後遺症に苦しむ人々が居るこはもちろん、両都市の攻撃により25万人近くの一般市民が亡くなったことを忘れることはできません。
「原爆の日」を迎えた広島市で、平和記念式典が開かれました。松井一実市長は「自国第一主義によることなく、『連帯』して脅威に立ち向かわなければならない」と訴えました。https://t.co/dS7aMXQ14O
— 毎日新聞 (@mainichi) August 6, 2020
アーダーン首相からのメッセージ
その広島「原爆の日」8月6日にニュージーランド首相ジャシンダ・アーダーン氏がTwitterに投稿したビデオメッセージで「核兵器根絶」を訴えました。
人類で初めて使用された核兵器がヒロシマ・ナガサキに与えた惨劇について触れ「たった一つの爆弾が破滅を意味します」と強調。
核戦争への備えや対応は不可能だと訴え「食い止めるしかない」と核兵器禁止条約への批准を世界に求めました。
核兵器禁止条約とは?
核兵器禁止条約(かくへいききんしじょうやく)
英語: Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons
核兵器の全廃と根絶を目的として起草された国際条約。
核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約」とも呼ばれています。
現在国連加盟国のうち81カ国が署名、43カ国が批准済み。
ニュージーランドは2017年9月20日に署名、 2018年7月31日に批准しています。
「署名」によって内容が確定した条約を国家機関が確認し、同意を与えること。
核兵器をゼロにすることが犠牲者への報いになる
メッセージの全文
世界が新型コロナウイルスに対応するチャレンジに直面し続けるなか、広島と長崎への原爆投下から75年を迎え、世界で起きた出来事の破滅的な影響を思い起こさせます。
1945年8月、世界は核兵器が何をもたらすのかを初めて目にしました。
最悪の結果を生み、爆撃の衝撃で亡くなっただけではなく、その後も長く続く放射能の後遺症で、人々に想像もできない苦しみや被害をもたらしました。
それ以降も、太平洋などでの核実験による悲惨な影響を目にしてきました。
現存する1万3000個以上の核弾頭の一つ一つが、広島や長崎で目の当たりにしたよりも強大な破壊力を有しています。
たった一つの爆弾が、破滅を意味します。そして、核戦争がそこで終わるとは誰も信じてはいません。
数百万人の命を一瞬にして奪い、環境に取り返しがつかないダメージを与えます。専門家は、いかなる国家や国家の集団、国際的な組織も、核戦争の影響に備えたり、対処したりすることはできないと警告しています。
備えることができないのなら、食い止めるしかないのです。
国連のグテーレス事務総長も言うように、国際的なコミュニティは、核の非武装化に向けた取り組みを再度活性化させなければなりません。人間性を守ると呼んでいます。
他人や将来の世代に残すことのできる課題ではありません。
ですからニュージーランドは、大多数の国連加盟国とともに、核兵器禁止条約を採決したのです。
私は、核兵器根絶に向けて必要不可欠なステップとして、そして全ての核保有国の核兵器ゼロの達成を含めた地球規模の交渉を求めて、他国もこの動きに加わり、このランドマークな条約を広めることを要請します。
このことが唯一、広島と長崎への原爆投下や、太平洋などでの核実験によって苦しめられた人たちに対する報い、レガシーとなるのです。
>引用:HUFFPOSTより
>ツイッターにポストされた首相メッセージ
75 years ago the world saw the catastrophic humanitarian consequences of nuclear weapons. It must not happen again. Only nuclear zero is worthy of the victims of Hiroshima & Nagasaki. PM Ardern urges all States to join the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons #nuclearban pic.twitter.com/m4rNo9ygzm
— New Zealand Ministry of Foreign Affairs & Trade (@MFATNZ) August 6, 2020
まとめ
「核兵器廃絶」を求める中でヒロシマ・ナガサキという都市の名前に触れてのスピーチ、いつもながらアーダーン首相の温かみが伝わるメッセ―ジでしたね。
世界で唯一の被爆国でありながら未だに↑の核兵器禁止条約に署名していない日本。
核兵器の恐ろしさを体験している国だからこそ「世界に訴えるもの」があるのではないでしょうか?
国連本部での条約の交渉会議で日本が座るはずだった席に置かれた折り鶴↓
「国連会議」の会場で。
空席の日本政府席。「もしあなたがここに居れば」と書かれた折り鶴がおかれています。 pic.twitter.com/xRTBGRTGzn— 志位和夫 (@shiikazuo) March 28, 2017
私達は「あの日」のことを忘れず、事実を記録して遺し、次世代へんと語り継いでゆく使命があります。
それと共に、大量殺戮を可能にする「核兵器」の廃絶に世界と協力して進んでゆくことも、戦後の平和な時代に生まれた私達のもうひとつの役割です。
今回のアーダーン首相のメッセージと共に、あらたに心に刻んだ2020年「原爆の日」となりました。